Baridi sana
どうも!
ご無沙汰しております。

前回の投稿&帰国してから時間が経ってしまいましたが、久しぶりにためてた下書きメモ整理したので投稿です。笑
1年前の投稿「Joto sana」から正反対の「Baridi sana」です。
この写真の焼け具合なかなかですよね。笑
身体がまだまだタンザニア仕様なのか、毎日極寒です。冬超えられるかどうか、というくらい寒いです。毎日鼻水垂れてます。
改めまして(いまさらですが)2年間の任期を終え、4月25日(金)の夜に日本へ帰国しています。
今、タンザニアを離れて振り返ると色々あったなー、早かったかも?と思うけど、タンザニア生活中は1日30時間くらいあるんじゃないかってくらい長く時間の流れがゆっくりに感じていました。
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帰国してからはお世話になっている方や友人に会ったり、野球教えたり、授業をしに行ったり...といった感じでリフレッシュしながらぼちぼち動いていました。
いろいろな意味でのリハビリということで、すぐに働こうともあまり考えておりませんでした。
というのも、帰国前に交通事故に遭い、帰国後に手術をしたため、1ヶ月は何もできずで通院生活でした。
無事に帰国!と言いたいところでしたが、最後の最後にしっかりやってしまいました笑
事故に遭ったのは、ラマダンイード4連休の初日だった3月29日午後3時半頃(日本時間は夜9時半頃)。この日野球はなかったので、シティーのジムでトレーニングをし、買い物をして家に帰っている途中でした。
乗っていた乗合バジャジ(三輪バイク、【トゥクトゥク】ってやつです。タンザニアではバジャジって言います。)に、路線バスのダラダラ(マイクロバス)が右側から突っ込んできて、バジャジはひっくり返ってぺしゃんこに。
乗っているときに「これ事故るかも、やばい。」ってなんだか悪い予感がしたのですが、そのあとにしっかり事故りました。
普通のバジャジは3人乗りタイプですが、乗っていたバジャジは7人乗れるタイプ(後ろの部分がくりぬかれてて、2人ずつ向かい合わせで乗れるタイプ)のやつで、僕はその左後ろの外側に乗っていました。
マイクロバスが突っ込んできたときに身体が外に投げ出され、右半身を地面に強打しました。
冗談抜きで「終わった、死んだ。」って思いました。
両ひざ、右耳からも出血、あとは右側頭部に広範囲の超巨大たんこぶができました。頭もめちゃくちゃ痛かったですが、それよりも右肩が痛くてやばかったです。
鎖骨折れてるな、ってわかるほどの痛みでした。(触ったときに自分でも折れてるってわかりました。)
事故後数分は道路上から動けずでしたが幸い気を失うこともなく、自力で動けました。頭強打しているので本当なら動いてはいけないのですが、JICAに連絡したり、物盗まれないようにしたりと、それどころではない問題があるので、とにかく気合いで動くしかありませんでした。
ただ、呼吸も含めすべての動きが頭と肩に響いたので、超スローモーションでしか動けませんでした。
残念?だったのが、周りにいたタンザニア人は誰も助けてくれなかったこと。
まあ、自分からも助けてほしいなんて言わなかったのですが。(言えるほどの余裕はなかったですが笑)
さすがにバジャジがひっくり返ってぺしゃんこになって、人が地面に投げ出されてたら助けるでしょ、って思ったけど、僕のことはただ見ているだけ。
日本人だけじゃなくてタンザニア人にも聞かれたけど、ほんとに誰も助けてくれなかった。
が、一緒のバジャジに乗っていたほかのタンザニア人のことはめちゃくちゃ助けていました。
むしろ「中国人も事故ったの?」と見に来る冷やかしみたいなのが多くてちょっとイライラするほどでした。笑
スワヒリ語で、大丈夫?ドンマイ、みたいなときに『Pole』ということがあるのですが、数人が『Pole』と言って立ち去るだけ。けっこう何でもPoleと使うのですが、この日は過去最高にもやもやしたPoleでした。笑
そんなこんなで気合いで歩道まで動き、JICA職員(自分の担当の調整員さん)に電話。
「すみません、事故りました。たぶん骨折れてます。」と伝えると、「え、事故?何、もう一回言って!」と当たり前ですが相当驚いていた様子でした。
迎えに来るか確認もされましたが、迎えに来るよりも自分で病院に行ったほうが早かったので、自力で病院に向かいますと伝え自力で病院へ。
当然救急車なんてものは来ないので、頑張るしかなかったです。笑(救急車は一応ありますが。)
その時なぜか事故の写真撮らなきゃ、と思って撮った写真がこれです。




後から言われましたが、まあよく死ななかったなあと。笑
職員に電話した後に警察も来たけど、名前と仕事、電話番号を教えて終わり。
意味のないPolice Cardも渡される。
お金もカードも持っていなかったので一度家に帰り、タクシーを呼んで最初の病院についたのは6時前くらい。24時間対応の病院だけど、ドクター不在、かつ休日だからという理由で擦り傷の消毒しかしてもらえず...
24時間対応の意味とは何だったのかと考えながら次の病院へ。
車で10分くらいの近くの病院でしたが、こちらもなかなかやばかった。
救急受付で状況説明、検査したいと伝えるもとりあえず処置室に連れていかれただけ。そこでは、もし痛いなら痛み止め打つ?それとも、骨ずれてるから今おれが指で押して元の位置に戻すかそれが嫌ならすぐに手術するか、といったくだりがありました。
申し訳ないけど信用できなさすぎるので、健康管理員と一緒に全力で拒否。さきに検査をさせてほしいと伝える。ドクターの指示がないと検査できないみたいなことを言われるも健康管理員さんが話をして、2時間くらい待ってようやくレントゲンとCT検査ができた。
検査した結果は予想通り鎖骨骨折。誰が見てもわかるくらいちゃんと折れてました。

CTも撮り、鎖骨以外の異状はなし。副鼻腔内で出血があるけど大丈夫とのことでした。検査結果の説明の時に改めて手術が必要だと言われたけどこれまた拒否。
とりあえず、頭を強く打っていたので入院することに。(これも健康管理員さんがかなり交渉して入院できることになったのですが...)
問題がなければ翌朝退院となり、病室案内されるのかと思いきやさらに待つことになり部屋に入れたのは深夜1時前だった。
翌朝問題なかったので退院しましたが、ただお金を払って退院するだけなのに、これまた待たされ続け退院できたのはお昼2時過ぎ。そこからタクシーで家に帰りついたのは4時前。
痛みと帰国かもしれないって色々な感情とで、この数日間はよく眠れなかったです。
家に帰宅後、改めて職員の方たちと話をして、残念だけどさすがにこれは任期終える前に帰国になるだろうね(任期短縮、もしくは先に帰国して日本で治療しながら協力隊を終える)、って感じだったので、「コロナですぐ避難帰国して、3年も待って赴任してようやく任期が終わるのに、最後に事故で帰国ってもうネタでしかない。
」って思ってました。
週が明けて本部からの連絡は、「帰国までもうすぐだし大丈夫ならそっちにいてもいいんじゃない」、というまさかの返事でした。なので、約3週間そのまま過ごして帰国をしました。笑
その頃学校は試験期間中、試験が終わった後は中間休みに入るところだったので、活動もほとんど終えていました。影響があったのはプライベートくらい。笑
事故に遭ってなかったらこの休みで最後の旅行を計画していたのですが、当然無理なわけで...
これだけが唯一の心残りに。それ以外にやり残したことは特に思いつきません。
試験後、活動が休みに入った段階で急遽家も引き上げることになり、残り2週間ほどは事務所近くのホテルで過ごしました。

帰国に向けてお土産も買ったりしていたのですが、こちらも最後の最後にタンザニアらしさを感じさせてくれる出来事がありました。
事故に遭う前からティンガティンガ(絵)をオーダーして、受取日も余裕をもって指定していたのですが、受け取りに行ったら完成していないと。
メッセージでやり取りもしていて、大丈夫、いま描いてるからちゃんと間に合うよ、とのことでしたが、しっかりやってくれました。
結局、帰国日前日には完成するとのことで再度受け取りに行ったのですが、1個だけ間に合わずキレかけましたが、今日中に終わらせるから、とのことで帰国当日の朝一で受け取りに行きました。笑
最後の最後までしっかりとタンザニアを感じることができ、2年間のタンザニアライフが終わりを迎えました。


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4月25日(金)の夜に帰国だったので、休み明けにすぐに住民票等の手続きをし、そのまま病院受診しました。タンザニアでも紹介状的なのをもらっていたのですが意味がなく、地元の整形外科で紹介状を書いてもらいに行きましたが、事故で怪我をしたけどタンザニアで、相手に保険請求もできない、外国にいたのは仕事だけど労災でもない、保険はJICAのやつがある、などと事細かく説明をしなければならず、受付にまあまあ時間がかかりました。
なんとか理解してもらえて検査を受け、紹介状も出してもらいその日のうちに紹介先の病院へ。結果、手術しましょうとなったものの、予約がいっぱいで早くても2週間後くらいですね、となりましたが、今は仕事もなくていつでも大丈夫なのでと伝えると、5/7の午後なら空いているとのことで手術を決めてもらい、入院前の検査もそのまま実施。
そこで改めてレントゲンとCTを撮った時にわかったのですが、肩甲骨も折れていました。そんなことあるのか!と思いましたが...
検査画像を見ながら説明してもらいましたが、ちゃんと折れていました。笑
普通に考えたら気づかなかったってなかなかの問題になりそうですが、タンザニアで事故ってるからこればかりはしょうがない。ちゃんと診てもらいましたが肩甲骨は特に問題はありませんでした。
鎖骨折れたとき、術後も痛みやしびれはありましたが、鼻を骨折して手術したことと比べたらそうでもなかったです。鼻の時はまじで痛かったです。笑
術後翌日からリハビリでしたが、しばらく動かしていなかったのでかなり違和感。
6月26日に術後2回目の検査があったのですが、順調にくっついていて問題もないということで可動域制限がなくなり、折れてから約3か月でようやく右手を肩から上に挙げて大丈夫になりました!
ただ、五十肩みたいに右腕だけまっすぐに挙げることはできませんでしたが、動かせるようになって生活レベルがかなり上がりました。
10月末の術後検査では、経過良好となりリハビリは卒業となりました。
残りは来年春にボルトを抜くだけ。
まだ違和感があったり元通りじゃない感じが強いですが、ひとまずは通院生活も終了しています。
身体にも消えない傷ができ、一生忘れることはない思い出になりました!
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いろいろな意味でリハビリ中とは言いましたが、日本の生活環境にはすぐ慣れました。
もう、何もかもが快適すぎて笑
電気まぶしいくらいあふれている、水道水が飲めるし止まらない、暖かいシャワーが出る、自販機やコンビニがすぐ近くにありすぐなんでも手に入る、食べ物全部おいしい、歩いてても臭くないetc…
すべてが最高です。
ただ、帰国後しばらくは寒すぎて、2年間着ることのなかった長袖を引っ張り出して常時長袖、寝る時も布団かぶって寝ていました。
夏もタンザニアと比べたら、タンザニアのほうが暑いなーと。
2年間エアコンなし生活だったので、むしろエアコンのある場所に行くと体がおかしくなるくらいです。日本の夏も、エアコンなしで全く問題なしでした!
ニュースでは連日熱中症についてやっていましたが、タンザニアの人は熱中症とか全然なかったなーとも思いながら、旅したり、野球教えたりしながら一夏を過ごしました。
夏が終わったと思ったら、帰国直後同様に寒すぎてやばい。鼻水がずっと止まりません。もう3回くらい風邪ひいてます。笑
隊員あるあるで聞かれる、帰国して一番最初に食べたのものはこちらです。

空港に迎えに来てくれた友人と一緒に直行しました。
なんだかんだ海鮮はタンザニアでも食べられるので、それ以外ならそばかうなぎが食べたいとなりました。うなぎも食べれる場所はあるのですが(巻きずしになってるけど)、そばも食べたかったので欲張ってしまいました。笑
2年ぶりに日本に帰国して変わったことといえば、お札が変わっていた、テレビに出ている芸能人が全然わからない、叔父さんになったことでしょうか。(なったのは1年前からですが。)
まあ、一番大きな変化は実家の犬が旅立ってしまったことかも。帰国して最初のころはまだ犬がいる気がしてました。
日本の生活を重ねるうちに、タンザニアの記憶も徐々に薄れていく今日この頃です。
冒頭にも書きましたが、いろんな意味で“リハビリ”ということで、ぼちぼちやってました。
野球のご縁で、タンザニアやサウジアラビアからきた選手たちのサポートをしたり、他では協力隊の話やキャリア教育の授業しに行ったり。西の方へも旅もしてわりとあちこち動いていました。




合間で就活もしていて、無事仕事も決まっています。
当初は11月スタートって言われていたのですが1月からとなり、急遽大学生並みのバイト三昧で年越しを迎えます。笑
そして先月29歳にもなりました。
お祝いメッセージ等々ありがとうございました。が、お祝いはいつでもお待ちしております。
長くなってしまったので、また次回へと続くということで。
帰国してから会えていない人もまだまだたくさんいるので、皆さんぜひご連絡くださいな。日程調整して飛んでいきます。
それではまた。良いお年を!
Asante!

Joto sana
どうも!

最近かなり暑くなってきて、家の中は夜でも30度越えです。この前の2月は家の中が39度までいったので、まだまだこれからですが。
日中の暑さでタンク内の水も温まっており、水浴びしても気持ちよさはなく、さらに30度越えの部屋なので常に汗が止まりません。
なので、家の中での定位置は扇風機の前ですが、その扇風機も停電すればただの置物です。冷蔵庫もしかり。最近停電が増えてきたので…
よく聞かれるのですが、エアコンなんてものはもちろんありませんので、耐える以外の方法はないです。エアコンのついてる隊員もいますが、タンザニアのスタンダードはエアコンなしです。
なので残りの期間も頑張って耐えます。笑

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今回は今年の活動中にあった出来事、考えたことをそのまま書いてます。
タンザニアのことを悪く言うつもりは1mmもありません。
が、読んで感じることは色々あるかと思いますので、万が一不快な思いをされたらすみません。
が、これが僕の協力隊生活のリアルなので、それを汲み取っていただければ幸いです。
感想、意見等ありましたらぜひお待ちしております!
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1月から新年度が始まりますが、4月にも前期の中間休みがあり、それを考えると、学校に行くのは実質あと50日くらい?なので、こう考えるともう少しですね。笑
残りの期間は何をしようか、といったところですが、これやりたい!帰るまでにこれやらなきゃ!みたいなことは現時点ではとくにありません。
1月になると新年度が始まり、クラスや時間割が変わるので、それ次第なところはあります。
実際、1年目の昨年(2023年)は、体育のコマ数がほどほどにあったので、座学と実技をわけて実施できていたものの、今年(2024年)は体育クラスの数も授業コマ数も減りほとんどない状態(月曜日と火曜日あわせて4コマ。)でした。
また、4コマしかないのに体育教員が1名増え、僕を含めると4人。こんなにいる意味は…笑
増えたと言っても、新しく入ってきた先生は今年は数回しか学校に来ていない。後期は卒業式の日しか見ていない。でも話を聞くと、まちがいなくオフィシャルの教員らしいのが謎。
そんなこんなで、コマ数が少ないことが主な理由で、今年は実技はやらないと1月に言われていました。といっても、少しくらいできるだろうと思っていましたが、本当に全くできませんでした。笑
理由はいくつかあるのですが、一番大きいのはスコアが良くないのが原因だと思います。



要請では、「実技を!」という話で、活動計画の時に合意もしていましたが、まあそんなものは関係なく、指示に従うしかない。
なので、今年はクラブ活動の時間にスポーツ指導を行なうことがメインになっていました。
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ただ、そのクラブ活動の時間も、野球やバスケをやっているとたまに止めに来る先生がいました。
以前からなんでやってるんだ、と止めに来ることはあったのですが、当然、スポーツができる時間を確認したうえでやっているため(クラブ活動の時間が、木、金曜日の時間割に組み込まれている。前期までは水曜日の朝も。)基本的に問題はなく、追い返していたんですが…
それを伝えてもだめだ、終われ、と強制終了させられてしまうことがたまーにありました。
それが後期に入ってから何度か続き、一番ひどかったある日。
いつも通り止めに来て、「なぜやっているんだ!」とまたいつもの繰り返しか、と思って対応していたけどその日はそれだけでは終わらず。
「今はスポーツの時間ではないからやめろ。この生徒たちはさぼっているだけだから、俺はこの生徒たちに指導する責任がある。」とエスカレートしていく。確実にスポーツができる時間で、他の生徒たち(クラブ活動やってない生徒たち)も教室のそとに出てお昼食べたり休憩をしている。中には帰っている生徒もいる中で、僕と一緒にスポーツをやっていた生徒だけさぼっていると言われ、チャパをし始めようとしたのでストップをかける。
すると、
「お前はタンザニア人じゃないから何も知らないんだ。お前は何をしにここへきているんだ?生徒を指導するのがおれたち教員の仕事で、おれはこの学校のDisciplineリーダーだ。お前も教員ならおれの指示に従え。この学校の全教員はDisciplineリーダーのおれに従う義務がある。ただの中国人は黙って俺の言う事を聞いてろ。」と言われた。
さすがにこれには黙っていられず、いまはスポーツができる時間で生徒はさぼっているわけではない。さらにチャパもおかしい、などと言い返しても黙れ、俺のいう事を聞けと言われ、ついには何を言ってもフル無視をされるようになった。
そして「こんな奴の言う事聞くな。」的なことを生徒たちに向かって言っていた。
その時にカウンターパートがいればよかったのですが、残念ながらいつも通りおらず。
もうどうすることもできなくなってしまったので、生徒にもごめんと謝り、その日は終了。
その後生徒たちは、別の女の先生が事情聴取という名のチャパをし始めた。この先生はたまに空き時間とかで話したりしていたので、説明したら伝わるかな、と話をしに行くと「私はチャパなんかしないよ。チャパしても意味ないし、嫌いだから腕立てで終わりにする。あなたは体育の先生だし、鍛えられるしいいでしょ。」と。
スティック持っていて明らかにしばこうとしていたのでこれもよく意味がわからなかったのですが、これ以上めんどくさいことになるのもいやだったので、腕立てで終わるなら楽か、と思ってしまった。
普段からトレーニングで腕立てはやってるし、生徒にも確認してそれならオッケーとのことで腕立て10回。ようやくこれで終わった。
と、思いきやまた先ほどの先生が来て、「勝手に終わりにするな。お前らは授業さぼっているから罰を受けないといけない。」とまた始まった。
同じことの繰り返しですが、スポーツができる時間帯なのに「さぼっている」といわれるのはおかしい、なぜこっちの言い分をきいてくれないのか、と先ほどと同様に止めに入ったのですが、しっかりフル無視をされ。
もう終わりといった女の先生にも「腕立てで終わりって言ったでしょ。」と言っても「私はそんなこと言ってない。何言ってるの?」と…
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なんてことがありました。
この一連の流れを見ていた別の先生が、なんかトラブってるよ、的なことをカウンターパートに連絡をしたらしく、翌日にカウンターパートから何があったのか聞かれ、一から事情を伝えるとごめんと謝られました。笑
そして、あっという間にこのことが副校長にも話が伝わり、呼ばれて話をすることになった。何があったのか一通りの説明をすると、副校長からも謝られ、どうしてほしいか聞かれました。
とりあえず時間割を確認し、間違いなくスポーツができる時間だったことを確認しました。
あとはどうしてほしいかなんてこともなかったのですが、一つだけ、「教員として、あの発言や態度はおかしいのではないか。時間割もスポーツできる時間だし。差別的な感じもあったけど。」といったことを伝えました。
普段から中国人と言われることは日常なので、基本は気にしていないのですが、この時は言い合いしているとき、かつ僕が日本人だとわかっているのにわざとらしく生徒のまえで「ただの中国人は...」的なことを言われたので、この時はさすがにキレた。
副校長からは再度謝られ、その先生にも伝えておくといわれましたが、「これらのことはJICAには伝えないでくれ。」と言われました。
伝えるなとは言われつつも、後任の要請どうしますか、といった話を事務所としていた時期だったので、学校の現状も含めてなんとなく伝えはしました。
そもそも体育の授業がほとんどなく、クラブ活動の時間ですら何もできずにこのような状況が続くようなら最悪は任地変更ですね、なんて言われていました。
ただ、今更任地変更するくらいなら、帰国するのも選択肢の1つかな、とその時はちょっと思っていました。

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10月頃、JICA事務所から職員が学校見学に来るというので、そのアポどりと、ちょうどスポーツの時間の見学をしたいとのことだったので、念のため体育教員にも確認すると、その日はちゃんと学校に来てくれました。
ただ、彼はスポーツの時間も指導することもなく、僕と一緒に何かをやるわけでもなく、ずっと座って携帯いじって、ご飯食べてるだけ。
その様子を見た職員の方が、いつもこんな感じなんですか?と聞いてきたので、残念ながらいつもは学校にいません、と伝えました。
学校の様子、先生の働き方等についても話をしましたが、「現地の人がこんな感じなのに、隊員入れてかわりに授業とかしてもらうだけって、隊員入れる意味ってどうなんでしょうね」って話にもなりました。
体育教員たちには活動始まって以降、一緒にやろうと声をかけたり計画をしてきましたが、なかなか難しく。まあ僕が指導するなら学校に行かなくてもいいか、となってしまっている部分もある気がする。(僕の実力不足でもあるのですが。)
協力隊活動に正解はないのでなんとも言えませんが、個人の考え方はどちらかというとこの職員と同じような意見です。他の学校も見学したけど、いまの配属先学校は先生方の熱量が他と比べると圧倒的に低いような気がしている。
もちろん、一生懸命な先生は数人いるけど、学校全体としてみるとなんとも言えない。生徒数が多い(全校生徒で約3900人、1クラス平均は約120人。)から個々に丁寧に指導するのは大変、という部分はありますが、そもそも学校に来ていない先生の数がめちゃくちゃ多い。オフィシャルでは、90人くらい先生がいる(らしい)のですが、学校にいるのは平均だと40人くらい。
先ほども書きましたが今年の初め頃、新しく体育教員増えたよ、と男性の教員を紹介されたけど、今年1年で数回しか来ていない。後期に入ってからは卒業式以外ではみていない。
もう一人の男性の体育教員も。彼は実技が大事だ、という気持ちは持っている。スポーツも練習と試合しないとうまくならない、と去年は他の学校とバスケとかスポーツの練習試合を組むことが多かったけど今年はほぼ無し。なのであまり学校には来ていない。学校に来た、と思ったらチャイの時間前後にご飯食べてすぐに帰る。
他の科目の先生でも、以前野球連盟にも所属していて野球のことをよく話す先生も、前期の終わりごろから見ていない。連絡はつながるけど、今日は学校には行かないよ!といつも言ってる。
日本に旅行しに行くから金くれ、的なことを言っていたまあまあ話する先生も、後期は見ていない。
ただ、給料が払われないこともあるらしく、そういった事情も含めて考えるとさらに難しいところではある。
何回か聞いたことがあるのですが、何回聞いても本当の理由はわからない。
タンザニア人あるあるのemergency、病気になった、忙しい、学校向かってるよ!と言うものの来ない、など。いろいろある。
先生が来ない、カウンターパートがいない、みたいなことは学校とかで活動する隊員間ではよくある話だと思います。隊員が授業やるから、カウンターパートは授業しなくなる(来なくなる)、ことはある。それ以外の問題(給料が払われていない等)もある。
それも考慮したうえで、子どもたちのために完全マンパワーでもいいと思うか、それでも協力しが必要、と思うか。
ちょうど7、8月頃はタンザニアでも教育実習をやっているのですが、今年学校に来ていた教育実習生は、普通に働いている教員と同じように授業をしていなかったりしたので、根本から変える必要があると感じています。
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色々言いましたが、こちらの考えを無理に押し付けるのも嫌なので、できることにフォーカスして活動するようにしています。

また、子どもたちは悪くないので、スポーツをやりたいと言ってきてくれる子どもたちのためと、自分自身のスキルアップに重点置いて、この1年は活動するようにしていました。残りの期間も同じように進んでいくと思っています。
異国の地で、さらには現地のローカルエリアで活動をするのは大変ですねというお話です。笑
隊員生活はやはりなかなかハードです。(個人差あり。)
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こんな感じで、いろいろ考えることもあった1年でした。
年内に書いておこうと思い立って書き始めたので、まとまりがなく、読みにくくてすみません。
いまは学校が休みのため、のんびりリフレッシュしています。
去年はキリマンジャロ登ったり、年越しも含め予定も詰まっていましたが、今年はめちゃめちゃ空いているのでのんびり過ごしています。先日ルショトに行ってきましたが、年越しはザンジバルで過ごします。
来年はどうなりますかね。まずは残りの期間も楽しめるように、ほどほどに頑張りたいと思います。
今年もお世話になりました。
2025年もよろしくお願いします!
それではまた。
Asante!

Ishirini na nane
どうも!

涼しくて景色もきれいでした。
ご無沙汰しております。
そして、メリークリスマスです!
最近ブログとかSNS更新止まってるけど元気か?といったメッセージをぼちぼちもらっていました。一応無事に生きています。笑
いつもどおりですみません。
特に理由がないわけではないのですが、全てのことに対してモチベーションがめちゃくちゃ低かった気がしてます。
後期初めにはちょっと色々ありましたが。
活動は停滞気味かなーという感じです。
隊員総会、日本人会夏祭り、Ladies First(陸上大会)、タンザニア甲子園と、イベントもあったので、活動の間もほどほどにやることはありました。
学校での活動、タンザニア甲子園についてはまた書きます。(なるべく早めに。)
更新してなかった半年(7~12月)のできごとまとめです。
・6月末と8月末にザンジバルへ行って野球してきた。8月にはザンジバル初の野球場ができた。


・コロナ後、隊員が戻ってきてからはじめて隊員総会をやった

・日本人会の夏祭りがあった

・Ladies First という陸上大会があった。
その時にPOPSM(大統領府人事局)の人に活動のプレゼンもあった。

・タンザニア甲子園に参加した(2年連続2回目)。


・28歳になった。


といったところです。
各種イベントは、ほどほどに関わらせてもらい、大変でしたがいい経験になりました。
特に、大統領府人事局の方へのプレゼン(10分程度)でしたが、良い活動してるんだから帰らないでくれ、てきなことを言われてちょっとうれしかったです。
1番大きかったのは隊員総会ですかね。去年、タンザニアへの隊員派遣が再開してから初めての総会。だれも過去の総会を知っている人がいなかったので、なかなか大変だった気がします。
個人的に良かったのは、ザンジバルに野球場ができたこと。今までは野球場がダルエスサラームにしかなく、ザンジバルで試合をする時はサッカー場を借りて試合をしていたので、球場ができたことで、選手たちのモチベーションアップにもなると思います。
球場開きの記念にタンザニア駐在日本人対ザンジバルの親善試合もしました。

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そして、なんだかんだしている間に、28歳になりました。
お祝いのメッセージありがとうございました!
去年はちょうど活動についてのプレゼンをする日だったのを思いだしました。
なかなか思い通りには進んでいませんが…
28歳の抱負、残りの期間でやりたいことは、現時点ではとくにありません。来年のクラス編成と時間割次第なところが大きいので、年明け学校が再開して、時間割等が決まってから考えようと思います。
とりあえず無事に日本に帰ることが目標です。
28歳になりましたが、気分はまだまだ22歳です。笑
という冗談はさておき、そろそろ帰国後のことも考え始めなければいけないところで、帰国後何するか聞かれることも増えてきましたが、特にまだ方向性は決まっていません。
新卒の時は帰国して教員とかかなー、とぼんやり思っていたけど、今はその気持ちはあまりない。
じゃあほかにめちゃくちゃやりたいことでもあるのかといったら、方向性すら定まってはいない。
でも、帰国してから転職活動スタートするとかなりきついと同期とかいろいろな人が言っていたので、ある程度決めて情報収集はしておかないとなーとは思っています。
任期短縮しなければ、2年ちょうどの4月末に帰る予定なのであと4ヶ月です。
2年間、暑いタンザニアで過ごし、帰国して日本でまた夏を迎えるとなると、ちょっと気が引けるのと、ちょうどGWと重なるので、手続き関係が大変かなーと思ってます。
とりあえずは帰国後はおいしいもの食べてちょっとゆっくりしたいですね。
まだ先の話ですが、「帰国したら何食べたい?」ともたまに聞かれます。やっぱり寿司かなー、と思ったけど、うなぎとか蕎麦とか食べたいかも。基本、こっちで食べられないものが食べたい。笑
ので、帰国したら、2年分の誕生日とおかえりのお祝いを、激太りしない程度にお願いします!笑
それではまた。
Asante!

今日はこれでシングルベルです。
1年。
どうも!
5月中旬から始まった期末試験も明日で終わり、金曜日から約1か月の休みが始まります!
まだ予定はありませんが、リフレッシュしまくりたいと思っています。笑

先日、タンザニアの大雨が日本でもニュースになっていたみたいですが、とくに大きな被害はなかったです。いつも通りだったので、日本でもニュースになっていた方が驚きでした。
最近は雨も少なく、雨季が終わったっぽい天気になってきました。じめじめ、カビ、汚い水たまりに足を突っ込むことからようやく解放されそうです。
つぎのブログはキリマンジャロ!とか言ってましたが相変わらずの更新頻度ですみません。今回は1年経った、というブログです。
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4月末で1年経ちました。とりあえず。
ここからまだあると思うと正直長いです。
この1年間での大きな変化は、日焼けで黒くなってやせたことです。
やせるの見越して増量してきたけど無意味でした。しっかり身体が薄っぺらくなりました。残りの期間は活動どうこうよりもこれ以上痩せないことを目標にしています。笑

あとは、とにかく1日中眠い、お酒を飲む頻度が日本にいたときよりも増えたことでしょうか。
眠いのはおそらく睡眠の質が悪いか、自律神経がバクっているのか。夜中目が覚めることも多く。家周辺や、飛行機の音もうるさかったりするのですが。睡眠時間はなるべく8時間は取るようにしていますし、規則正しい生活を意識していますが、ずっと眠いです。
日本にいたときは夢をみることもほとんどなかったのですが、タンザニアに来てからよく見ます。この前は、人生で初めて髪の毛染めるという変な夢でした。笑
めちゃくちゃ調子いい!絶好調!ってみたいな日はなく、かといって絶不調かといわれたらそういうことでもないのですが、身体の状態はなんかそういう感じです。
そして最近は肌が荒れてます。
元々ストレスあると肌が荒れがちだったので、ちゃんと栄養とって、リフレッシュしたりすることを心がけていますが、リカバリーできていないんだと思います。飲酒も原因の1つだとは思いますが…
体調に関しては、年明けに体調不良で点滴した以降はとくに問題ありません。先月やった健康診断でも異常はありませんでした!
1年の変化はこんな感じです。
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最近、というか年が明けてから今でもですが、「いつまでタンザニアいるの?」と聞かれることがよくあります。あまりにも聞かれるので不思議に思いつつ、「まだ決まってないけどどうしたの?何かある?」と聞き返すと「PCやスマホが欲しい。」という理由なことがほとんどだった。「私はバックが欲しい」「服が欲しい」と次から次へと。
なんだか先着セールをされている気分です。笑
あとは、僕が帰るときに「日本に一緒に行けるんでしょ。」と。どういう理由なのかはわかりませんが、日本にタダで行けると思っている人も。中には求婚してくる先生もいて、会うたびに「Will you marry me?」としつこいくらいに言ってきます。冗談ではありません。笑
こういう感じで接してくる人はなんとなくわかるようになりました。悪気はないのだろうけど、いい気分ではないです。
体育、スポーツの現場ではスポーツ用品なども欲しいと言われ、「金や物をあげるためにきているのではない!」と関わる人たちには何度か説明したことはあるのですがそれでも伝わっていない。1年間過ごしてきても、金や物になる感じがちょっと残念というか。
本当に帰国する時にどう思われているかはわかりませんが、あまり期待はしないでおこうと思います...
学校内でも相変わらず中国人と言われ、1年いるのにまだスワヒリ語話せないのかと、馬鹿にされるようなことも日常ですが、仮に言葉が通じて(僕がスワヒリ語ネイティブになる若しくはその反対。)いたとしても、いろいろ難しいんだと思っています。
最近またバイクドライバーから暴言吐かれましたが、今回は「コロナ家帰れ!」とのこと。いまさら感もありますが、タンザニアにコロナはなかったはずなのにとも思いつつ。笑
結局どこへ行っても、一緒に活動をしても、お互いを理解するという部分、人間関係は難しい。
日常なので慣れたつもりでいましたが、これがストレスになっているのかもしれませんね...
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活動については、3月に中間報告会をしてきました。

一年間の活動は、
・座学で行われている体育授業に実技を入れるために、身体測定とか体力テストとかやってみた
・学校に野球部を新しく作った
・体育隊員といいつつも部活指導がメイン。
といった感じです。
今行っている学校の体育は座学で行われていて、外でスポーツをする機会はほとんどありません。仮に定期的に実技ができたとしても、十分な道具もなければ体育教員も実技ができない、という状況。
座学、道具ない、教員が実技できない、という問題はタンザニア全土でほぼ同じなので、ボランティアレベルでどうこうなることではないのですが、できることをやっています。
実技授業をいれる、といっても日本のような授業を展開するのは現段階ではハードルが高い。
外でやるぞ!となっても、体育授業ではなく、【フリータイム】のようになってしまいます。体育の授業時間を使って遊ぶ、休憩する、といったイメージ。
日陰でずっと休んでいたり、中にはどこかへ行ってしまう子もいます。
サッカーやりたい!バスケやりたい!ともなるのですが、ルールは関係なく、チーム分けをしても乱入してめちゃくちゃ。最終的にはただのボールの取り合いになり(小学生がボールに群れている感じ)、喧嘩も起きたりします。
何もしなければ無法地帯です。同僚教員はもちろん来ません。笑
なので、体育授業や道具を使う際のルールを作ったり、ルールや指示に従わない場合は参加させなかったりと、日々戦っています。
英語が多少理解できる子や部活に所属していて、いつも一緒に練習している生徒たちには少しずつルール守ることとか、理解してもらえてきたかなーという感じです。実技やスポーツをする機会はほとんどないので、自由にさせてあげたい気持ちもありますが、それでは僕がいる意味がなくなってしまうので...
あとは国家試験があるので、ただ道具なしで身体を動かすだけでは意味がないと思っています。なるべく試験に沿うような形で実技をできるようになるのが理想です。
例えば、身体測定と、カリキュラムに含まれているBMIを絡めてみたり。身体測定が実技か!と言われたら何とも言えませんが、僕はけっこう推していて、実技導入にはちょうどいいと思っています。
体力テストはおまけ、という感じですが、どちらも記録をとれば成長がわかりやすいのが推しポイントです。
まずは、身体測定と体力テストを通じて
・自分の身体の状態を知ってもらい、興味関心をもってもらいたい。
・身体を動かすことの楽しさを知ってもらいたい。
ということなどを伝えています。
徐々に幅を広げて、【体育ってなに】ということを理解してもらいたい、と思いながらやってます。
ちなみに昨年の結果はこんな感じです↓

身体能力高いでしょ!と思いがちですが、そんなことはなく。
グランドが砂浜のような感じなので、その影響も考えられますが、それを考慮したとしても、日本の同じ年代よりは50Ⅿ走、立ち幅跳びの記録は低いと思います。
学校生活の中で身体を動かす機会はほとんどないことなどが影響していると思っています。
可能であれば、今年は他の種目もやってみたい。
先ほども少し記載しましたが、BMIについては体育で教えることになっています。はじめは身体測定と関連付けて、各自で自分のBMI計算してもらったら、試験にも出る可能性あるしより理解が深まるかなーと。計画した段階で伝えると、先生方からはいいね!と好評。
しかし、測定後に各自でBMIの計算を各自でやらせると、とにかく算数(割り算)ができない...




セカンダリーから急に全部英語になるので、英語ができないのは仕方ない。日本の中学校でもいきなり全授業、試験が英語になったら厳しいと思います。
でも、小学校で習っているはずの計算ができない、というのはそれ以前の問題な気がした。小学校で活動していた隊員からは、掛け算割り算全然できない、と聞いていましたが、正直ここまでとは思っていませんでした。
日本の中学2、3年生に相当する学年なのですが、計算ができないことにより、ねらいとしていたBMIについての理解は深まっていない感じがした。普段は来ないカウンターパートにも協力してもらい、スワヒリ語での説明もサポートもしてくれましたが、それでも無理でした。解答見ても、どういう計算をしたかったのかもわかりません...
体育など、情操教育が後回しにされる理由がなんとなくわかりました。
でも、みんなどうやって国家試験を突破してきたのだろうか...
身長体重は測った事ない子がほとんどなので、測定は楽しそうなのですが、一度やると毎回やりたいと言われます。みんな座学をしたくないだけなのですが、なぜ身体測定をやるのか説明をしても、終わった後にBMI計算とか含めてフィードバックしても残念ながらそれは通じない。
座学をしたくない気持ちもわからなくはないですが、同僚から今年は実技をやらないといわれているし、国家試験は今後の人生にも関わるので、無理のない範囲で実技授業を計画しています。
道具なし、国家試験がある、教員が実技できない、といったこと以外にも、問題は山ほどあります。
例えば、クラスの人数が多く、1クラスで100人超えていることとか。
今年の1年生の体育クラスは1クラスで約140人います。
これで好き勝手されたらもう授業どころではないですよね。
おしえなければ、ルールを守る、順番を守る、といった概念すらもないので、実技授業をするにあたって、授業内でのルール作りや実技授業の流れの説明など、実技授業をするための説明の授業もやりました。
・必ず指示に従う。
・道具は大切に使う。
・準備運動は必ずする。
・順番を守る。
・授業中は静かにする。
・このルールに従わなかった場合は授業に参加できない、もしくはその時点で授業は終了する。
ほかにありますが、ルールはこんな感じの簡単な決めごとです。
クラブ活動でも同じようにルールを決めてやっていますが、比較的クラブ活動に所属している生徒の方が、理解してくれている気がします。
でも、集団行動、順番を守る、並ぶ、指示に従う、とかはまだまだ難しいですね。
日本の体育や部活とか、自分の経験してきたことを思い出したり、どうしたらいいか考えるのですが、日本がすごいというか、異常な感じに思えることもたまにあります。笑
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活動も日常生活も、大変なことが多いですが、とりあえずは帰国する前にもう少し旅行に行きたいです。国外旅行も。
国内はサファリとザンジバル、マフィア島、前の任地には最低でも行きたいと思っています。国外旅行は、周辺国とかアフリカ周っても同期がほとんどいないので、ヨーロッパでも行きたいなーと。
円安の影響を受けているので、財布と要相談ですが笑

日本食が恋しいとかも特段ないですが、何を食べたいかって言われたら、納豆とかTKGを食べたい気分です。キンキンに冷えたレモンサワーも飲みたい。笑
必要な物とかある?とありがたい連絡をもらったりもしますが、これもいまは特になく。
でも、もし年内に日本からタンザニアに旅行にくる人がいたら、お願いしたいことがあるのでぜひご連絡ください。
(誰かいないとアフリカなんて来る機会ないと思うので、ぜひ計画してください。)
方向性は定まっていませんが、帰国後のことも考えないとなーと思っています。
先日、よくお世話になっている先輩から「幸せになれよ!」というお言葉をいただきました笑
引き続き頑張ります。
ということで、1年経ちました、というブログでした。
それではまた。
Asante!!

Baseball…Nini? その2
どうも!
最近雨季が始まったとか始まってないとかで、不安定な天気ですが、家の前はまた水没する時期になりました。暑さのピークは過ぎたらしいのですが、まだ毎日大汗かいてます。
今週は一週間だけ前期の中間休みですが、ラマダン中でどこにも移動できないのでおとなしくのんびりします。
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ちょっと前にあったできごとなんですが、 学校終わりに家に向かって帰っていると、反対側車線を走っていたバイクが僕の方へ近づいてきて、すれ違う時に「F××k you!!!」 と大声で叫ばれ、そのままどこかへ走り去っていきました。
その数日後、また家に向かって歩いていると今度は後ろからきたバイクに頭を引っ叩かれました。(同じ人かは分かりません)
住んでいる場所はダルエスサラームの中でも貧しい人が多いと言われている【ゴンゴランボート】というエリア。このエリアはローカルで有名なのか、どこに住んでるか聞かれて「ゴンゴランボートだよ」というと、鼻で笑われることが多くあり、なぜそんなところに住んでいるんだとよく言われます。
先生や野球をやっている選手たちからも危ないエリアだから気をつけろ、と言われますが、それでも暴言を吐いたり、頭叩くのは...と思いますがしょうがないですね。家の周りでもけんかしている様子もたまに見かけるし、そういうエリアなので。
とりあえず叩かれただけで、強盗とかでもなく怪我もなかったのでよかったといったところでしょうか。
言葉が通じても、日本でも、日本人同士でも色々あるのと同じですかね。
今後も気をつけます。
最近は少し涼しくなりましたが、ちょうどその時期は暑さと停電がひどく、家のなかは常に30度を超えていて、やばい時には35℃あったりしました。暑さとこのどこにもやれないイライラとで、帰国や国外逃亡(任国外旅行)を考えました。笑
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前置きが長くなりましたが、前回の続きでタンザニアの野球事情について。
その2、という事で今回は昨年参加したタンザニア甲子園の話、リーグ戦の話とか。


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タンザニアの野球ですが、約10年前からスタートしています。
当時タンザニアに駐在していた日本人の方や、協力隊などを中心に普及が始まりました。
4年前来た時にはすでに野球があったので、スタートしたときはどんな感じだったのかは想像もつかないですが、相当なエネルギーが必要だったのは間違いない。いまでもめちゃくちゃエネルギーが必要なので。
ただ、10年経っているけど野球を知らない人はまだまだ多い。先月他の学校の体育の先生と話をした時も、ハンドボールのようにボール投げて得点決めるんだろ!って言われました。笑
体育の先生ですら知らない人がいることに衝撃を受けましたが、しょうがないですね。超マイナースポーツです。
そもそもサッカーが1番人気のタンザニア。サッカーを嫌いな人を見つける方が難しい。こどもたちはボールさえあれば(ボールっぽいものがあれば)裸足だろうが雨が降っていようが、遊んでいるのをよく見かける。
野球はボール1つでプレーするのは難しいし、それなりに場所も必要になる。
普段練習や試合を行っている場所は、草の根事業で数千万円かけて作られたと言われている『ダルエスサラーム甲子園球場』。
フェンスの網がボールよりも大きく、ボールが簡単に通り抜けたり、草が伸びすぎていてプレー中にボールの行方が分からなくなることもありますが、立派な球場です。
でも、メンテナンスはほとんどされていないので、マウンドやバッターボックスはデコボコ。グランドを使った選手たちも基本的には言われないと整備をしたりすることはない。
さらには週末クリケットをしてい人たちもいて、センターにはクリケットのピッチが作られています。

試合をするとなると、このグランドまでお金をかけて来なければいけない選手もいて、毎週来ることが難しい、という人もいる。
じゃあ、ほかにも野球できる場所を探す、試合の際はできるそれぞれの地域に遠征をする、という事になっても、それはそれで難しい。
なので、週末に行われていたリーグ戦や普段の練習に来る選手は、ダルエスサラーム内で余裕のある人たちが集まっている印象はある。
最近、1人の選手から「なんで週末に練習するの?」ということを聞かれた。
タンザニア人の感覚でいくと週末は【休む日】なのでそこに疑問が出るのは普通のことな気がした。
でも、以前から週末の練習は行っていた(4年前もやっていた)し、平日働いている人や生徒も、週末の方がゆっくり時間をとれるしみんな集まりやすい。実際に毎週来ている選手もいるけど、聞いてくるという事は何か事情があるのかもしれない。週末練習したくないのかな、とも思ったり。
なぜ週末に練習するのか、といった質問の背景は、平日にもっと練習をする、木曜日と金曜日は昼から夜10時まで練習するといったことの提案だった。夜遅くまで練習しようとする意欲は素晴らしいものの、残念ながら夜10時まで野球の練習をできる場所は知っている限りない。
ただ、その連絡があったのでちょっとは練習するかな、と思ったけども平日も練習には来ないし個人でやっている様子もない。
おれは今年ピッチャーとキャッチャーをやりたいから教えてくれ!と、平日学校に来て生徒と一緒に練習をしたことも数回あったのですが、すぐ疲れた、と言ってずっとスマホいじっていたり日陰で休んだりする。以前から練習の約束をしても平気ですっぽかし、練習に来たとしても時間も全然守らない選手なので、いつも通りか、と彼の気が向くまでそっとしておくことにした。
日本に行きたい、チームを紹介してくれ、スポンサーをつけてくれ、という選手も中にはいます。(ソフトボールやっている子も含む。)
日本に行きたいから日本人の女性を紹介してくれ!(付き合って結婚したら日本につれていってくれると思っているらしい。)という事も。
チャンスがあれば、日本の野球を経験させてあげたいしレベルの高い野球を見せてあげたい気持ちはめちゃくちゃあります。ただ、最低限の努力や姿勢は見せてほしいなーとも思う。こればかりは難しい。
最近は、「キミの夢が叶うのは誰かのおかげじゃないぜ」ってとある曲のフレーズが脳内リピート再生されてます。
全員に言えることですが、毎日、毎週来れなくても仕方ないので、自分でできる練習をする、約束を守るとか、当たり前のことをできるようになってほしい。(もちろん、こういうところもちゃんと指導します)
まだまだ歴史が浅いので、これからに期待、といったところで。
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続いて、タンザニア甲子園のお話。
毎年行われているタンザニア甲子園は昨年で11回目。ダルエスサラーム、ザンジバル、キリマンジャロ、ドドマ、タボラ、ルブマ、ムワンザが参加する予定でした。
ダルエスサラームからも、2チーム作って参加する、という予定でしたが予算等の問題で1チームだけに。今までは学校ごとに参加できていたので、配属先学校でも準備をしていましたがそれは叶わず。(予算の都合もありましたが、優勝したかったからダルエスサラーム内で選手を選抜してチームを結成するという理由もあった。)
大会直前(開会式の前日)になり、地方のムワンザ、キリマンジャロ、タボラが交通費がなくダルエスサラームまで来れないという事で出場辞退。
問題となった交通費ですが、4年前の任地ムワンザまではバスで片道70,000Tshで行ける。大会期間中の食事、飲料水、宿泊費用は出るので、雑費含め1人往復150,000Tsh(日本円で約8000円)あれば足りるけど、そこも何とも言えない。
コロナ以前協力隊がいた頃、地方から参加するチームは、隊員がなんとかしてお金を集めたり、隊員のポケットマネーから交通費を出して参加していたことも普通だったらしい。先輩隊員はいくら払っていたのか。これに依存していて自分たちで何もできなく、今参加できなくなっている、というのであれば非常に残念だけど。
結局参加できるチームが4チームになってしまい、試合スケジュールも一から組みなおすことになった。
その時、運営とか支援をしている方(日本人)から「予算がもったいないし、試合数も少ないので、やっぱりダルエスサラームからもう1チーム作って参加できるように選手集めてなんとかしてくれませんか」と言われた。
確かに、予算もあるし、せっかくザンジバルとかからも来るので試合数も増やしたいのもわかる。結局、こういったアイデアや改善策もほとんど日本人がやってしまうのでいつも同じような問題が起きてるんじゃないかって。とくに交通費の問題は今に始まったことではないので。
残念なことに、タンザニア連盟のスタッフたち、試合中イヤホンつけてずっとスマホいじっていたり、試合も観ずに寝ていたりしたので、やっぱりサポートしすぎなんだなって感じました。
話がそれましたが、バタバタしているのは選手に関係なく、年に1度の貴重な機会なので、自分の教えている選手たちに出てほしい、とおもい連絡をとりましたがこれまた大変で。
10月頃は参加できる→やっぱり選抜1チームだけで参加できない→やっぱりできるようになったから参加できる選手いる?という展開だったのに加え、すでに学校も休み期間だったので、確実に来れる選手が5人しかいない、という状況に。合同チームを作って参加できましたが、当日になるまでどうなるかわかりませんでした。
試合スケジュールがまた変更するとなると、他のチームにも申し訳ないので、全員確実に来るかどうかはわからない、ということを予め伝えるものの、「それでは困ります。」という恐ろしい回答が。わかるけども。はげそうになりました。
試合当日は他の学校の生徒も合わせ、12人集まりました。結果は2試合とも大敗でしたが、ほかのチームとの交流をしていたり、楽しそうな様子も見れてとりあえずはよかった。

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タンザニア甲子園は12月9日(土)~11日(月)で行われたのですが、8日(金)に開会式とリーグ戦の優勝決定戦も行われました。
肝心の開会式ですが、大会に参加する選手たちはほとんどおらず、「なんでいないんだ!」と運営の人たちはちょっとお怒り気味でした。ちゃんといたのはザンジバルチームだけで、開会式に来なかったチームや選手に話を聞くと、開会式の存在を知らない選手もいたので、これまた連盟や運営のミスかなーと。
【タンザニア甲子園開会式】ということでしたが、肝心の選手がいないので、リーグ戦の優勝決定戦に参加する選手たちが主役のような式で、ちょっと残念でした。ちゃんと来ていたザンジバルチーム、そのほかちらほら来ていた選手もいましたが、それはお構いなし、という感じ。
開会式後に行われた優勝決定戦ではちょっと不思議な光景が見られました。
ゲームセットの時だったのですが、サヨナラエラーで終了し、優勝が決まりました。
エラーではありますが、サヨナラ勝ちでの優勝は喜びが爆発するはず。しかも新しく始まったリーグの初代チャンピオン。そもそも、試合は勝つためにやるものなので勝ったらうれしいはず。
でも、タンザニアで行われている野球セミナーでは、「相手をリスペクトしろ、喜ぶな、整列して挨拶が終わってから喜ぶべきだ。」といったことが教えられていた。確かに、相手がいないと試合はできないしリスペクトしなければいけない。でも、試合は勝つためにやるものだし、勝ったらうれしいに決まっている。優勝なんてなおさら嬉しいはず。優勝を決めたら選手全員がグランドに飛び出して集まっているあの光景は、誰もが目に浮かぶはず。先日行われていたセンバツの決勝でもしっかり、マウンドに集まり歓喜の輪の作っているのを確認しました!笑
この写真はゲームセット時の様子です↓
審判がセーフとジャッジした瞬間、ベンチから飛び出し大喜びしていました。写真中央のあたりの手招きしている彼もベンチを飛び出し、はじめは喜んでいたのですが、すぐに「喜ぶな、並ぶぞ」と。他の選手たちはまだまだジャンプしたり大喜びでしたが…

敗れたチームの選手数名は「今のはアウトだろ!」と審判に文句をいい、整列するのに時間かかっていました。
相手を侮辱するような喜び方や発言、整列せずに長時間騒いでいるのであれば問題ですが、優勝したら喜んでも良いんじゃないか、っていう個人的な意見。勝ったチームから「喜ぶな」という言葉が聞こえたのが不思議でならなかった。
おそらく自分がプレーする側なら喜ぶはず。先ほども書きましたが、形はどうであれ、リーグの初代チャンピオン。
僕は残念ながら、今までの野球人生の中で優勝という経験をしたことがないのでその時にどういう感情になるのかは想像がつきませんが、結果を残す、試合に勝つためにきつい練習をし、努力をするのはアスリートであれば当然のこと。
タンザニアの選手たちがそこまでの練習や努力をしてない、と言われたらそこまでですが、嬉しい、楽しい、という気持ちがなければ続かないし広がっていかない、と思います。(負けた、結果がでなかったという悔しい気持ちもまた必要不可欠だとも思いますが…)
タンザニア野球の主役は誰なのか。どこに向かっているのか。
謎が深まった出来事でもあり、色々と考えた大会期間でした。
今年のタンザニア甲子園は、予算問題などの問題もかいけつしてちゃんと地方のチームも参加できるようになってほしいし、学校でも参加したいので頑張ります。
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ちらっと出てきたリーグ戦の話ですが、昨年からタンザニアナショナルベースボールリーグ(通称:TNBL)というリーグがスタートしています。ゆくゆくはプロリーグを目指しているとのこと。
肝心のレベルですが、オブラートに包まず言えば日本の小学生の方が間違いなくうまい。
試合にしか来ない選手が多く、ウォーミングアップをしたり練習をすることも少ないので仕方ないのですが、狙ったところにボールを投げる、ゴロやフライを捕る、ピッチャーが投げた球を打つ、などの基本スキルが全体的に足りていないのが現状です。
試合のほとんどはフォアボールやエラーで得点が入るので、ヒットやホームランを打つことも少ないです。(一応スコアラーがいるものの、記録上は出塁すればほとんどヒットになっていました笑)たいていの試合は荒れています。
さらに試合中は審判のジャッジに対する文句を言ったり、お互いにルールを正しく理解ができていないこともあり、揉めることも。
例えばキャッチャーが打撃妨害(インターフェア)をしたのになぜか打者がアウトになったり、打者走者のファーストへのスライディングは禁止だからアウトだ!等、タンザニアオリジナル?のルールなのかは分かりませんが、ほぼ毎試合何かしら起きていました。
審判は、審判登録されている人が入れ替わりでやっていますが、審判も選手もルールを覚えていないのでこういったことが起きています。正しいルールを理解した上で、野球を楽しんでほしい。
試合は荒れている、と書きましたが、エラー、暴投で多く点が入るので、フォアボールとかでランナーにでたらとりあえず走る。とにかく走る。そうするとかなりの確率で暴投や捕球ミスなどのエラーが起きるから。
守備側は走られる、得点されるのを防ぐためにどうするか考えた結果、隠し球やトリックプレーをする。
こういったプレーって、本当に1点取られたら負ける、といったぎりぎりの試合で一発逆転を狙う、みたいなときにおこるもので、日本でも稀にしか見れないプレーのはずなのですが…笑
トリックプレーと言っても高等技術でも何でもなく、ランナーが2塁にいるとセンターがセカンドベース上に堂々と立っていたり、ピッチャーからセンターに「セカンドに入れ!」といった指示が飛ぶのでトリックプレーでもなんでもないのですが。笑
隠し球でアウトになった選手が「隠し球は反則だろ!」とベンチに戻らず文句を言い続け、退場になったこともありました。
ルール上反則ではないけど、隠し球とかする前にちゃんと必要なスキルを身につけてほしいし、レベルに合わせたルールを作るべきだと思っている。
いまのレベルなら、盗塁、バント、変化球禁止とか…
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もうひとつ気になるのは、試合するチームの選手が集まらないこと。先ほどもちょっと書きましたが、グランド周辺に住んでいる選手もいれば、遠くから交通費を払ってバス(ダラダラ)に乗って来ている選手もいるので、お金がなければ来れないのですが、チームに選手が7人しかいなくても試合をしていました。
よくわかんないけど、試合をする最低人数が7人らしい。僕の知っている野球とは違う野球なのかもしれないです。笑
試合の途中で1人帰ってしまい、6人で試合していることも1度ありましたが…

試合開始時間は午後2時。でも選手はほとんど来ていない。なので審判が2時半まで待つという。2時半にも来ない。でもその時点で両チーム7人いたら試合をする、という流れ。
昨シーズンの後半は選手が全く来なくなり、試合がないことが多くありました。試合がないといっても勝ち負けがつき、人数が揃っていないチームが不戦敗になるのですが、片方のチームが4人、もう片方のチームが5人いたから4人の方が不戦敗、みたいなこともありました。選手同士で連絡とり、来るか来ないか確認して、来るという返事があっても来ない、なんてことが日常でした。
試合開始時間に合わせて選手は来るので、事前にちゃんとグランドに来て、ウォーミングアップや練習をする選手の方が少ないく、なんなら試合が始まってからくる選手もいる。
そのあたりの連絡も、各チーム代表がいて、その人たちを中心にやってるみたいだけどもよく分かりません。
ふだんから介入しすぎないように心がけていますが、こんな感じになってしまっては、試合どころではないことが多く、大変でした。
今の実力や人数を考えると、集まった人だけでチームを振り分けて試合をしたり、土曜日は練習、日曜日は試合、といったクラブチームのような形にすればもっとうまくなるのかな、とも思ったりもしますが、今年も4チームのまま試合をすることになっています。仕事や家庭の事情、学校や軍役など、それぞれの事情もあり、7人しかいなくても無理やり試合をしていたので、今年は9人そろわない時は試合をしない、ということがちゃんと決まりました。当たり前だけど、とりあえずはよかった。
さらに、各チーム最低15人は選手を集め、3月中に連盟にメンバーを提出する、という事も2月にあったミーティングで決まっていましたが、残念ながら4チームともまだ提出していないらしい。
5月からリーグ戦をするという事で進んでいるのですが、一度決まったスケジュールも白紙になったみたいですしどうなるのでしょうか...
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去年の6月に日本で開催された『UTSUGI CUP』というソフトボールの試合にタンザニア代表が参加しています。
試合は3試合やって全て完全試合でのコールド負けでしたが、ソフトボール代表が国際試合に参加するのが初めてでした!
野球でも、1人の選手が日本の独立リーグで3ヶ月だけプレーしました。
他にも、ソフトボールのトレーニングでチェコに行っていたり、Baseball5の国際試合に出場したりと、こういった機会は増えているので少しずつ進歩はしているはず!
タンザニア国内での試合はほとんどないので、選手たちにとっても良いことだし、モチベーションの維持にもつながると思う。
残念ながら、国際試合の参加になると野球ソフトボール連盟だけでなんとかするのは難しく、国からの予算にお願いをするしかないので、全部の国際試合に参加する、というのは非現実的で。
今年はすでに3月までにU-15と23のワールドカップ予選、男子ソフトボールのアフリカ大会、Baseball5のアフリカ大会がありましたが、参加できたのはBaseball5のみでした。野球、ソフトボールが次に出れるのはロサンゼルスオリンピックの予選になりそうかな。こればかりはどうにもできないのですが。
国がスポーツよりも教育!と言っており、まだまだ体育やスポーツへの理解も少ないので、とりあえずはできる限りのことで、引き続き活動していきたいと思います。
選手たちが帰ってきた際には、必ずどうだったか感想を聞いているのですが、「楽しかった!」「また行きたい!」とみんな口をそろえて言うので、次はもっといいプレーできるように、結果も残せるようにサポートしたい!と思っています。
ただ、ソフトボール代表の選手も、独立リーグに行っていた選手も、タンザニアに帰ってきてからはほとんど練習に来ていない状況で...
選手同士で、日本での経験を伝えてほしいって思いますが現実はそうもいかず。
練習したい!と思ってもらえないこっちの力不足なのかもしれませんが…
なにかいいアイデアあればぜひ教えてください。
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以上、長くなりましたが、この1年で感じたこと、タンザニアの野球は現在こんな感じです。
せっかく関わっているので、いつかは『Nini?(何?)』と言われないくらいには普及してほしい。という気持ちです。
次は、ようやくキリマンジャロ登山について書きます!笑
それではまた!
Asante!!

Baseball…Nini? その1
どうも!
前回のブログで、とりあえず健康で過ごしますなんて今年の目標立てていましたが、実は新年早々体調不良になってました。笑
年明け学校が始まってすぐでしたが、急に頭痛と吐き気があり、徐々に熱も出てきて。熱は38℃くらいだったんですが、過去最大級に体調悪すぎて丸2日は何も口にできず。
こんなこと今までなかったので、さすがにやばいと思い健康管理員に相談したら、もしかしたらデング熱かもしれないので病院受診しましょう、ってことで病院行って血液検査することに。
結果はデングもマラリアも陰性。炎症反応とかもなく他の数値も正常。
むしろ健康だなんて言われ...
原因は不明でした。
食べることも水を飲むこともできていなかったので、とりあえず点滴して帰宅し、数日休んだら治りました。
今回の赴任では病院にかからないようにと気を付けていましたが、9ヶ月で無理でした。
前回は変な虫に刺されたのが原因でしたが笑
その時の様子はこちらから↓
ryusei-tanzania.hatenablog.com
とりあえず、今後も気を付けます。

ここからが本題ですが、テーマはタンザニアの野球事情について。
その1、という事で今回は野球部立ち上げの話と道具とかのお話です。
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タンザニアで『野球教えてる』と伝えるとほとんどが通じない、
もしくは
「野球って何?(nini?)」
というか答えが返ってくる。
バレーボールのレシーブのジェスチャーをしながら、「これか!」という時も。笑
少数派の野球を知っている人は、「タンザニアのどこで野球ができるんだ!バスケットボールの間違いじゃないか?」と言ってくることも稀にある。
こんな中で、タンザニアに来てから4ヶ月たった昨年8月に、学校に野球部とソフトボール部を作りました!

基本的には週3くらいで、選手と話し合いながら日程決めて練習してます。
まあ、練習と言ってもみんな初心者なので、ルールは一切教えず、とりあえず投げる、打つ、捕ること、といった基本の部分を楽しんでもらっています。



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野球、ソフトボール部の立ち上げですが、競技経験のある専門種目を教える、という事が要請に含まれていて、道具とかもなんとかできそうかも!とある程度目途がたったのでつくることにしました。
ずっと野球やってたから野球やりたい、なんて話をしていると、同僚の体育の先生や他の先生、週末一緒に野球をやっている選手たちも道具の準備とか練習も手伝うよ!と言ってくれ、それも背中を押してくれました。
ただ、結論から言うとサポートを得られず、時間だけがかかってしまいました。特に道具問題。手伝うよ、って言ってくれていたので期待してしまったのですが…
協力隊あるある、って感じだけど、自分の力不足とかも色々感じました...
カウンターパートともう1人の体育の先生、といっても彼は月に1回学校来るか来ないかというくらい学校に来ない。もちろん、授業があっても学校には来ないことの方が多い。ただ、試合がある時は必ず来て、バスケやサッカーの練習試合には何度か一緒に行っている。野球にも興味があってちょっとやってみたい、なんて言っていた。
野球連盟とも繋がっているとのことで、道具はおれが野球連盟に連絡してなんとかするから待ってろ!って言ってくれましたが、学校にはあまり来ないので。
校長先生からは、道具とか試合とかスポーツ関係で何かあったら彼に頼りなさい、と言われていますが学校に来ないのにどうしろというのか。笑
一応、来るたびに道具の状況を確認していましたが、2ヶ月近く学校で見かけない日々が続き終了。
週末一緒に野球をやっていて、立ち上げのうわさを聞き学校に訪問してきた選手。
道具はおれが寄付で貰ったやつたくさん持ってるから今度持ってくる!と言ってくれた彼は、その後1度も学校へ現れることもなく、週末の野球にもあまり来なくなった。
学校の先生のうちの1人に野球連盟に所属している先生がいる。この先生は日本のことも野球も大好き。教育にも熱心。せっかく作るなら強いチーム作って、タンザニア甲子園で優勝しよう!代表チームも強くして、ちゃんと国際試合に参加したり日本に行けるようにしたいね、話をしていた。
ただ、この先生も学校にはあまり来ない...
といった感じのことが続いた4ヶ月でした。
でも、こんなこと言われたら、はじめは期待しますよね。笑
そんなこんなでさすがに我慢ができなくなり、自分で全部やってしまいました。
目途がたったから野球部をつくった、と言いましたが、野球部作ってどうしたかったかというと、野球を知ってもらい、楽しんでほしかったのがベースです。
タンザニアではどうしてもボール1つでできるサッカーやバスケばかりになってしまうので、他のスポーツもあるんだよ、と選択肢を増やしてあげたり、スポーツを通じて色々学んでほしい、といった細かいこともありますが、楽しくないと続かないので...

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肝心の道具ですが、ボールは野球連盟の会長に直接連絡し、野球連盟事務所にストックしてあった硬式10球、ソフトボール10球をもらえることに。
グローブは以前寄付されたものが11個ありましたが、ほとんどが壊れていました。そのうちの1つは直しようがないほどズタズタでした。とりあえずはあるものを直して10個(そのうち3個は左用)、使えるようにする。
可能ならばもう少しグローブがあるといいな、と思い色々当たっていると、寄付をされたけど使わないでずっと置いてある学校がある、という情報を週末一緒に野球をやっている選手からもらい、お願いして持ってきてもらうことに。
こういった学校が他にもあるらしい。野球連盟事務所に保管されている使っていない道具のほとんどは、軟式用バットで使えない、といった、【寄付された後】の問題も多いので、なんとかしていくべきだと個人的には感じています。

次に選手集めですが、先生方からはForm1の生徒じゃなきゃダメだ!という縛りを受けたので、体育授業を担当しているクラスで声をかける。
30人くらいやりたいって言ってくれたので、紙に名前を書かせてメンバー確保。
ただ、練習やるよ!と言って道具を準備しても誰も練習に来ない...
水、木、金と部活ができる時間が授業にあるにも関わらず、それでも集まってくれない。
なので、学年縛りも関係なくやりたい子たちと一緒にやることに。また1から選手集めをしました。
と言ってもForm1以外との関わりがほとんどなかったので、タンザニア人の習性である
『何かをやっているところに群れる』
『とにかくガヤ大好き』
というのを利用しようと思いつく。

グローブやボールなどの道具をグランドに並べて見せびらかし、みんなのいる前でキャッチボールをすることでとりあえず生徒を集めることに成功。(キャッチボールは近くに住んでいる選手に手伝ってもらいました。)
この写真は今年撮ったんですが、何かあるとタンザニア人はこんな感じですぐに集まってきます。
この写真の後ろで集まっているのはみんな新入生。今年は800人以上も入学してきたらしい。この日はざっくりですが50人はいました。話聞くとみんなやりたいといってくれて嬉しい気持ち反面、50人も一斉に練習はできないし目が行き届かない。道具もない、となる。こうなると、「道具があればなー」って思ったりもしますが、結局10人くらいがちゃんと野球部に入りたいとのことで、入ってもらうことに!全員合わせると30人くらいになりました。
全員が毎回練習に来るわけではないのですが、1人1個グローブは使えない状態なので、もっと増えたら、グループ作って曜日ごとに分けたり、道具どうしようかなーとか色々考え中です。
やりたい子全員にやらせてあげたいのですが、こういった状況なので今は野球部に入っている子優先で道具を使わせています。道具を使わなかったり、選手が集まっていない時は見に来ている子も参加できるようにしたりしています。
ただ、どうしても使いたい!と無理やり取り上げたりする子もいるのでそういう時は『ちゃんと野球部に入れば道具は使わせてあげる』と伝える。
ちょっと強引なやり方ではありますが、これで本当にやりたい子は
『じゃあやる!』
と言ってくれるのでこんな感じで選手集めています。
選手たちには大切に使う、数が足りないからちゃんと順番に使う、ということも毎日口酸っぱく伝えていますが、そんなことは関係なく取り合いの喧嘩は日常になっています笑
ルールを守るとか順番を待つとか、そういった概念がない。体育授業とかほかの部活でも、当然指導はしますが、9ヶ月たってもなかなか難しい。
わかる子にはわかるんですが、わからない子にはわからない。笑
体育の授業で急にバスケをやれと言われた時も、そのクラスは100人くらいいるのに対してボールが1個。とりあえずアップしてグループ分けて順番に試合。試合が終わっても変わらなかったり、「おれはこのチームだ!」と嘘をつく子も。試合は点は入らず、ボールの取り合いになって終わるのですが…
点が決まらないので試合後は、「点が入らないとゲームとしても成立しないし、面白くない」などと再度ルールとかを説明しながら、順番にフリースローをうたせたり。そのあとはレイアップ、なんてこともしましたが、順番に並べ、と言ってもみんなボールに触りたいので取り合いが起きる。
街中でバスに乗る時なんかもそう。順番なんかない。笑
練習をしていると邪魔をしに来て、練習している子から無理やり道具を取り上げるジャイアンのような年上の生徒、置いておいたボールをわけのわからないところへ投げて取りに行かない生徒、ボールを自分のものにしようとこっそり持っていこうとする生徒、グローブやバットをそのへんに投げ捨てる生徒などなど、指導と管理しなかったら無法地帯です。
みんなにやらせてあげたい気持ちはありつつ、壊れたら寄付、無くなったら寄付、というのを繰り返しているのが現状。
なのでいまは野球部の子優先で、さらには僕が見ていない状況では使わせないという対応にしています。(ボールやバットがあたって怪我したりするリスクもあるので。)
ちゃんと選手で管理できるようになるまで(帰国するまで)は徹底的にやろうと思っています。
実は立ち上げ早々、9月の時点で残念ながらグローブが1個行方不明になってしまいました。たぶん沢山集まった時にどさくさに紛れて持って行かれてしまったんだと思いますが…
練習始めてからまあまあ時間は経ちましたが、いまだにグローブやバットを投げたり、バットで石や木を打ったりする子もいますが、最近は選手同士で注意してくれることもあり、成長している面も感じられます。
以前、毎回練習にも参加し、道具の準備と片付けも積極的にしてくれると選手が「いい加減にしろ!」と何度言っても道具を大切に使わない、順番を守ったりしない選手に対し強烈な右ストレートを決めたことがありました。
手を挙げるのはよくないことですが、道具を大切にしないといけない理由とかを僕に代わって注意してくれる選手も数名いて。
右ストレートを食らった選手は、それ以降ちゃんと大切に道具を使っています。笑
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立ち上げてすぐのころ、ソフトボールをやっている子たちも来てくれたのですが、大量のソフトボールとキャッチャー道具を練習に持ってきて、「この道具どうしたの?」と聞くと、『もともとジュフディ(僕の配属先)にあったやつ持ってきた!』と。
聞いてみると、以前寄付されたものを家に持って帰ってそのままずっと置いていたらしい。さらに聞くと、もっと道具もあったし、そのときいた生徒がグローブとかボールを持っているはず、とのこと。
野球知らない人多いしそもそもタンザニアで野球道具は流通していないので、自分の道具を持っている人はほとんどいないはず。(個人でもらったりしているものは例外。)
たまに練習手伝ってくれる20歳の選手がいるんですが、この話をした時に彼は「このグローブは生徒だった時に寄付できたやつ盗んだんだ!」と満面の笑みで言ってきて、さらには「他の選手もみんなそうだよ!」と。
そうだろうな、とは思っていたものの、あまりに堂々としすぎていて返す言葉がなく...
選手本人がそうだといっているので、個人で持っているということは高確率でどこかにあったやつを勝手に自分のものにしてしまっているのであろう。
こんな感じで道具は次から次へと無くなっていくんだろうなーと。
こんな感じでで次から次へと寄付が来るだろうなーと。
たまにボールペンとかノートを貸してって言われて貸すことあるけど、それも返せというまで返さないのでそういうことなんだろう。
バックの中も勝手に漁られるし、ペットボトルの水も飲まれたり、僕の持っているボールを勝手に持っていったりすることもあるので、そういったところでも常に目を離せないので精神的に疲れますね。笑
野球以前に教えなければいけないことも山ほどある状況ですが、人生初キャッチボール、キャッチャー防具装着、楽しそうにやっている様子を見られるので、大変なことも多いですが、楽しい部分もたくさんあります。


道具についてもうすこし考えたい。
先ほども書きましたがタンザニア国内で野球道具は流通していないので、寄付して頂いたものを利用しています。
道具がなければプレーできないので、寄付は非常にありがたい。これは野球だけに限らないと思う。
できることの幅も広がるし、生徒も先生にも色々経験させることができる。
ただ、残念ながら現地の状況は寄付慣れしている。
野球が身近ではなく、自分たちで買うことができないので仕方ないですが、自分たちでなんとかしたい、っていう意欲も少しはほしい。なんて思うこともたまに。
アフリカで野球普及や指導をしていた方たちから話を聞くと、なんとかしてグローブやバットを自分たちで作ろうとする、って話もよくききます。それっぽいものができるものの、質は良くないのですぐ壊れてしまうらしいですが、話を聞くだけでも、野球をやりたい!自分の道具が欲しい!って熱量がすごいなって。
一方、いま関わっているタンザニアの選手たちは「つぎ新しい道具はいつくるのか?」とか「新しいのが欲しいんだけど」って言ってくることがある。
道具をちゃんと片付けない、雑に扱う、ファールボールや草むらに入ったボールを取りにいかない、寄付されたユニフォームも使った後にそのまま放置などなど...

まずはここからだと思うけど。
昨年10月末、中古の硬式ボールとソフトボールを10球ずついただく機会がありました。ありがたく使わせていただいたのですが、1ヶ月もたたないうちにこの状況に↓

1ヶ月で10球が3球ってどうしたらこうなるのって感じですよね。
日本なら、しばらく練習させてもらえないか、ひたすら走りになるかのどっちか。
どうすればなくならないか、管理の仕方も含めて連盟と選手とも話をしましたが無理でした。
はじめはこっちでも一緒に管理をしながら、最終的には選手たちだけで管理できるようにしようと思っていたのですが、連盟からは、「もうボールはこっちのものなんだから好きに使わせろ。なぜそっちが管理するんだ。」といったことを言われ、その結果がこれ。
連盟の言い分もわからなくはないんですが、こうして今まで何百球と寄付されたボール、グローブたちはどこかへ消えて行ってしまったんだな―と思うと...
仮に練習球が1球1000円だとすると、相当な金額ですよね。
選手を集め、なぜボールが無くなるのか、なぜ探さないのか、なぜ大切に使わないといけないのか、と聞くとだいたいの選手は「Sorry」と言い、少しの期間は意識して大切に使おうとするけど続きはしない。
この時、とあるForm4の選手(日本で言うと高校2年生)は「次新しいのはいつ来るの?どうせあるんでしょ?」みたいなことを反省している様子もなく笑いながら聞いてきたのでこの時はさすがにキレました。
でも、こういう状況を我々が作ってしまっているのは否めない。なぜなら寄付やその他のサポートをずっと続けているから。
難しい部分ではあるけど、悩ましい。
グローブも、連盟に寄付されたものを個人のものとして使っている選手もいる状況。
ほしい気持ちはわかる。でも、みんなで使うために寄付されたものを勝手に個人のものにするのはよくない。いまやっているセカンダリーの選手たちは持って帰ったりしていないので大丈夫ですが、寄付されたものを勝手に持ち帰ってリーグでプレーしている大人の選手たちを見たら、そりゃ子どもたちも欲しくなりますよね。
いまさら返せとも言えないのでそのまま使ってもらう事しかできないのですが、グローブに関してはいつかなんとかなりそうな気がしている。
僕の住んでいるエリアには牛の屠殺場があり、大量の革が通学路にある工場の空き地みたいなところに置かれていることがあります。ほとんどはソファーとかに使われているらしいけど、革はある。加工できるなら、質はわかりませんがこっちでもグローブ作ることはできると思っています。
昨年の甲子園で話題になっていた、おかやま山陽高校の監督さんのお話。協力隊でジンバブエで教えていた時に
・サッカーボールをつぶして紐を通して作ったグローブ
・木の棒を削って作ったバット
を使っていた選手がいたらしい。
令和の時代にそこまで、とは思いませんが、本当に野球が好きならそこまでの熱量があってもいいのでは。とも思ったり。
ボールも、ずっとなくなって寄付繰り返すくらいなら、紙とか丸めてそれでバッティングで良いじゃん、って。
まあ、さすがに試合でそんなことにはいかないので最低限の道具はちゃんとキープしておくべきだと思いますが、練習は工夫次第でいくらでもできる。
(もちろん、できるならちゃんと道具を使ってやるべきだとは思っています。)
といったことを思ったり思わなかったりしている今日この頃です。
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以上、活動9カ月での成果でした。
つぎは、タンザニア甲子園やリーグ戦の話!
その後に、キリマンジャロ、ですかね。
早くしないと。笑
それではまた。
Asante!

YOLO
どうも!
少し遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

一応雨季は終わったはずなんですが、年明けからずっと雨が降っており、家周辺はまた大変なことになっとります。
タンザニアの年末年始は、クリスマスもお正月感も全くなかったのですが、気持ちはお正月気分だったのでお酒飲んでお雑煮食べてのんびりしてました。
約1か月の休みも終わり、明日8日から学校は再開します。
この休み期間、始めの1週間ちょいはタンザニア甲子園を含めた野球ウィーク、その後はキリマンジャロ登山へ行ったらあっという間に終わってしまいました。
また活動頑張らないと、って感じですが休みモードが抜けない気がしています...笑
まず、キリマンジャロ登山ですが、無事に登頂してきました!

登頂したときの達成感は半端なかった。
なんも言えねえ。(北島康介風)って感じ。
というか、すげえ、しか出てこなかった。
キリマンジャロですが、今回のタンザニアの同期と、任国外旅行で来ていた人たちと一緒に登ってきました。
タンザニア同期とは、実は3年前にも登ろうと計画をしていたメンバーで、コロナでの帰国がなければ登っていた...ということで、なんとしてでも登りたい!という熱い思いが。
また、過去に緊急搬送されるなどいろいろと事情があり「登山禁止令」が出る出ない、って話が常に出ていて、登れるうちに登らないと!と4月からずっと話をしていて念願叶いました!
任国外組に関しては、1人は2019-2の同期!
それ以外のメンバーは訓練所で担当をしていた方たち!

何とも激熱なメンバーで。しんどかったですけど、楽しかったです。
キリマンジャロ登山の話はおそらく長くなるので、また別の時に。
登山を終え、28日にダルエスサラームに戻り、年越し何も予定のなかった隊員でご飯を食べ、気づいたら年越ししてました。
久々にちゃんと料理もし、お酒もたくさん飲み、めちゃくちゃ最高な時間をすごすことができました。


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新年一発目の投稿ですが、特にネタもないので今年の目標でも書いときます。
・とりあえず健康に過ごす
・活動以外も充実させる
・英語頑張る
・最低月に1回はブログ、SNS更新
といったところでしょうか。
まず1つ目、健康に過ごす。
活動うんぬんよりも、精神面も含めた健康がまちがいなく一番大事。訓練所でもそう教わりましたし、職員の時もそう伝えていました。
とりあえず健康で過ごせるように気を付けます。
今のところ大きく体調を崩すことないのでこのままいければ、って感じですが、キリマンジャロ登山を終えて体重をはかったら、体重が72キロ台になっていました。いまはちょっともどりましたがそれでも73、4キロをいったりきたり。
登山中、高山病の薬の影響か高山病なのかずっと胃がおかしく、ご飯があまり食べられなかったのでその影響もあると思いますが、出発時と比べて痩せているのは事実なので頑張ります。タンザニアのローカルの食事は油や塩分が多く、水も汚い。お腹を壊すことはないんですが、この影響もあるのかなーと思う部分もあり、もう少ししたら健康診断もあるので、ちょっと気になる。
体重はしっかりキープする、というか筋肉量も可能な限りもとに戻したい。といったところです。
後は、街中やバスで咳や鼻水やばい感じのタンザニア人が普通にいるのと、日本人界隈でも謎の体調不良になっている方もいるようなので気を付けます。
次、活動以外も充実させる、というところですが、約8カ月、学校行って、野球して、という繰り返しでほぼ週7で活動をしていました。
夜や週末に食事に行ってお酒飲んだり、たまにカフェに行ったりとリフレッシュはしていましたが、お酒飲みたい!居酒屋行きたい!みたいに思うことが増えた。
実際、直近の11月から12月のタンザニア甲子園終了までは、まじでストレスが半端なかった。
ので、今年はほどほどに休みながらできることをやっていこうと思ってます。

というのも、なぜこう思ったかというと、日本にいるときは家でお酒を飲まないタイプでしたが、こっちに来てからは家でもたまに飲むようになったという変化。
酒飲みて―、って思うことも最近増えてきたし、飲酒量が増えてきたのでちょっと抑えるべきかと。
記憶をなくすことはないんですが、気づいたらワインがすぐに1本空いてしまうので、他のところでリフレッシュできるようにしたいと思います。
活動のことは、何かあってもなるべく気にしないように意識はしていますが、カウンターパートが来なかったり、野球も道具問題やら他の問題も多くあり、ちょっと気にすることが増えた気がする。
カウンターパートとか大人を無視して、こどもたちのためだけに活動するってのもなんか違う気がしているし、要請にも色々書かれているので、メインでやりすぎず、一度距離を置いてみようかな、という感じ。
あくまでボランティアだから、やりたくないこととかできないことを無理してやる必要ない、なんてアドバイスもよくもらうので、そこらへんもメリハリつけてうまくできたらいいかなーと。
あとはタンザニアにいるうちにいましかできないことを満喫しておきたい。
サファリ(ミクミ国立公園)、キリマンジャロ、ザンジバルは行った。次はセレンゲティかなーと迷い中ですが、とりあえずザンジバルにもう一度行きたい。
冗談抜きでザンジバルは毎月でも行きたいところですが、当然そんな余裕はないので、とりあえず次の年越しは絶対ザンジバル!って計画をしています。笑

英語頑張る、は、モチベーションの波が激しいので、継続してコツコツやろうと。
活動で使っているのは英語だし、帰国後を考えたら間違いなく英語!なので頑張ろうと思っとります。
スワヒリ語は、家周辺とかローカルエリアは英語が通じないので、なんとか赤ちゃんみたいなスワヒリ語で生活していますが、あまり使っていないことや今後のことを考えた結果、だいぶ前に諦めています。笑
最後、月1ブログ、SNS更新ですが、これは一番簡単そうで一番難しいのかもしれない。
2020年の投稿を振り返ったら、タンザニアにいた間は週1に近いペースで投稿していた。自分でもびっくり。
空き時間とかにサクッとやってしまえばいいだけの話なんですが、何をするでもなくぼーっとしていることや、帰国後のこととかを考えることが増えた。
このまえキリマンジャロに一緒に登った2019-2の同期から、「なんで更新しないの!めちゃ面白いしみんな見てるのに!」って言われました。
どうやら、ほとんどの人はキラキラした部分しか投稿しないけど、あまり隠さずストレートに書いているのが面白い、とのこと。
まあ、さすがに書けないこともあるのでこれでも自分なりにいろいろと包んでいる方。(だと思っている。)でも、面白いといってもらえて少しうれしかった、のと、今の気持ちは今しか書けないので、ちゃんと定期的に書こうと思います。
今月はこの投稿をしたので、もうクリア!という事にはなりますが、タンザニア甲子園、野球の話とキリマンジャロ登山の話もあるので乞うご期待ってことで。
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という事で、今回はこのあたりで。
年末年始、ご挨拶できた方たちからは、いつ日本帰ってくるんだ!なんてめちゃめちゃ聞かれましたが、いま日本に帰るとおそらくタンザニアに戻ってこれなくなる気がしているので、任期を終えるまで日本に帰るつもりはありません。(懐事情も察してください。笑)
なので、面白い話をたくさん持って帰るので、任期を終えて帰国した際に、たらふくおいしいご飯と浴びるほどのお酒を飲ませてください。というお願いです。笑
あ、タイトルの「YOLO」は、今年もよろしくの意味ではなく、
【You Only Live Once】人生は1度きり、のYOLOです。
活動が上手くいってもいかなくても、1度きりなんでやりたいことやって楽しめたらなーってことでこのタイトルです。
まあ、今年ものんびりやっていきますので暖かく見守ってください。
そして、いつも通りたまに生存確認をしてくださいな。
改めて今年もどうぞよろしくお願いいたします。
それではまた。
Asante!
